ARTIST
YOKOO EIKO

日本画家:横尾英子

日本画家横尾 英子

YOKOO EIKO・Japanese-style painter

「存在に対して優しく語りかけるような絵を描きたい」-横山操先生の画文集にある言葉です。大学時代にその言葉を見つけ、大変感銘を受けました。以来、この言葉は創作活動の根幹となっています。

花びら一枚一枚の表情の違い

馨り

「さやかな光」(部分)

「馨りを感じる」
横尾英子の花の絵についてよく聞く言葉である。
滝の絵からは冷たい水飛沫が跳ね、森の絵からは爽やかな風が吹き、渓流のそれからは涼やかな音が聞こえてくる。横尾の描く絵はその中へ、見ている者を強く引き込む。見て楽しむ=観賞を超えて、味わう=鑑賞することになる。花の絵の前に立てば、描写された空間に引きずり込まれ、豊かな香りに包まれる。
そう、馨りを感じるのだ。
この圧倒的な臨場感を創り出す源は、精緻なスケッチにある。例えば、桜を描くとき、横尾はたくさんの花びらが咲き誇るなか、まず、一枚一枚と真摯に向き合う。そして、まるで花びらとの会話を楽しんでいるかのように、彼もしくは彼女の表情の違いを丁寧に細やかに写し取っていく。一枚一枚との交信が積み重ならなければ、横尾のスケッチは成立しない。膨大な時間と労力、とくに精神力を要する作業である。しかし、現場でのその交流がなければ、“そこに息づくもの”を捉えることはできないのである。

“そこに息づくもの”とは

「水聲」(部分)

平面である絵画によって空間に引き込まれ、さらには時間の流れまでも感じる…、まさにこれこそが横尾の絵を鑑賞する醍醐味である。
横尾には子供のころから、きれいな形を見ると真似したくなる衝動があったという。小学生になると、風神雷神図の流れが格好いいと思うと、同じような流れを表現した違う絵を描いたり、図鑑に花の絵があって、そのS字のカーブがとても美しいと感じると、それをすぐに真似して書いたりしていた。
中学に入って「本物を見に行きなさい」という夏休みの宿題が出たときに、西洋美術館に行き、初めて圧倒的な臨場感を体験する。
「クールベの『波』の本物を見たら、すごい迫力で、こんなにかっこいい絵が描ける人がいるんだ…と思いました。その臨場感、リアル感、力強さは、まだ知らない世界でした。モネの巨大な睡蓮の絵も、どうやって描いたのだろう…と思いました。今の自分を育ててくれたのは、そうした美術館の絵だったのかなと思います。」
意外なことに、西洋画それも油絵に魅力を感じ、横尾は包み込むような立体感を吸収していった。
『日本画』といえば、多くの人が西洋画に比して奥行きをあまり感じない平面的な絵を思い浮かべるだろう。そして、昔から日本の絵は感情とか心の内面性を表現してきたものが多いように感じる。“見えないもの”を描こうとしてきたのである。
葛飾北斎のように線だけで圧倒的な臨場感を描き出す作家もいる。シカゴ美術館所蔵の『神奈川沖浪裏』のように、リアルな感覚をしっかり掴んでいるからこそ、その迫力は作品を見る者にも伝わる。

なかに入ることを許された者

どうすれば、リアルな感覚を掴めるか…。
まずは、観察者として対象を客観的に見ることから始め、離れたところから冷静に分析する。次に、対象にできる限り近づく。「近づく」とは物理的なことではなく、精神的な意味合いが強い。これは対象から選ばれて許しを得なければならないので、誰にでもできることではない。そして稀にではあるが、対象のなかに入ることを許される者がいる。
横尾英子の『桜』を見たときに感じたのは、まさにこれであった。桜を眺めているのに、桜に包まれている感覚を味わったのである。その圧倒的な臨場感を備えた絵は、桜樹から、なかに入ることを許された者だからこそ創り出せる作品であった。桜のなかの世界で感じたもの、すなわち、“そこに息づくもの”を画面に描き出していたのである。

たった一人がわかってくれればいい

様々な情報が簡単にスマートフォンから手に入れられる今、
あなたは本物の情報を得ているだろうか?
例えば、絵画を検索して、ディスプレーの中の平準化されたイメージで見て、
絵を見た気になっていないだろうか?
人が思いを込めて制作した作品には、心を動かす力を備えたものがある。
そういう本物には滅多に出会えないかもしれないが、巡り会えたとしたら幸福である。
横尾は自分の絵について語るとき、
「たった一人がわかってくれればいい」と言う。
実際に絵を見てみれば、
自分がその一人であると間違いなく思うはずである。

伝えたいという強い思いを抱いて、今日も筆をとっている。

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